「犬は好きだけど人は苦手」という人は少なくありません。しかし、家庭犬を対象とするドッグトレーナーにとって、人との関わりは避けられない大切な要素です。犬を動かす技術だけでは不十分であり、飼い主や家族とどう向き合い、どう寄り添うか――。そこにこそ家庭犬トレーナーの真価が問われます。
犬を扱う力だけでは不十分

家庭犬は競技犬や警察犬と違い、日常生活を共にするパートナーです。だからこそ、トレーナーには犬の行動を理解し操作する力以上に、飼い主や家族との関係づくりが求められます。
トレーナーだけに従っても意味がない

「トレーナーの言うことは聞くのに、飼い主の言うことは聞かない」という状況は、家庭犬トレーニングとしては失敗です。主役はあくまで飼い主。犬が信頼し従うべき相手は、日常を共にする飼い主だからです。
トレーナーの役割は犬を操ることではなく、飼い主が犬に信頼される関係を築けるよう導くことにあります。
多い実例です。しつけ教室はトレーナーの技やテクニックを披露する場ではありません。
飼い主に合わせた言葉を選ぶ力

同じ動作を伝えるにしても、飼い主の年齢や経験値、感じ方によって受け止め方はさまざまです。トレーナーには、専門用語を噛み砕き、日常の比喩やわかりやすい例えを用いて、飼い主に合った表現を選べる語彙力が求められます。
比喩や例えのバリエーションを増やすことは重要です。
理想論を押し付けない柔軟さ

しつけ本やセオリーには「理想の形」が書かれていますが、現実の家庭ではその通りにできないことがほとんどです。
忙しい共働き家庭、子育て中の家庭、体力に限界のあるシニア家庭…。そうした事情を理解し、ベターな選択肢を提示できるのが本当のトレーナーです。続けられる方法こそ価値があり、無理のない提案が信頼を生みます。
理想通りできたら誰もがドッグトレーナになれます。
「しつけ」が目的ではない

犬を迎えるのは「しつけをするため」ではありません。犬と暮らすことで得られる楽しさ、幸せ、豊かさこそが本来の目的です。
しつけの中で本当に大切なのは「命を守ること」。飛び出さない、人や犬を傷つけない、危険なものを口にしない――。これ以外は「できればよい」程度で十分です。
人間も完璧ではない以上、犬にまで完璧を求める必要はありません。時に「諦めてもいい」と飼い主に伝えることも、トレーナーの大事な役割です。
自分を棚にあげて、犬には完璧を求める飼い主さんがたまにいます。そのような方は、本やインターネットなどで調べに調べ尽くして頭でっかちになっている傾向があります。諦める重要さも伝え楽になってもらうことが重要です。
犬がいなくても人を動かせるか

優れた家庭犬トレーナーとは、犬を目の前にして技術を見せつける人ではなく、犬がいない場でも「座学」として飼い主に語りかけ、飼い主をその気にさせられる人です。
犬を動かす力以上に、人を動かす力があってこそ、トレーニングは日常に根づき、成果として定着します。
しつけ教室は「犬が学ぶもの」だと勘違いされている方が多く、私はいつも「飼い主が学ぶもの」だとまず最初に伝えています。なので、私の教室は犬を連れて来なくても良いと言ってます。(うちの子がいると話に集中できない飼い主さんもいますので・・・。)
まとめ

家庭犬トレーナーに求められるのは、犬を扱う専門的な技術に加えて、
- 飼い主が主役であることを理解させる力
- 飼い主に合わせた表現を選べる語彙力
- 理想論を押し付けない柔軟さ
- 犬がいなくても人を動かせる力
この4本柱です。
犬との暮らしの目的は「しつけ」ではなく、「幸せで豊かな人生を共に送ること」。
そのために、家庭犬トレーナーは犬の専門家であると同時に、人や家族の人生の機微を理解し、寄り添える存在でなければなりません。

